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ひと言 ESSAY archivefrom 2001-


SEP 01
ホームページOPENしました
 ようやく公開することが出来ました。とりあえず試運転中と言うことで、こ
れから内容を充実していく予定ですので、しばらくご辛抱下さい。

SEP03
ウサギ小屋と建築家 その1
このHPは私が主宰するいわゆる「設計事務所」の紹介サイ
トですが、ここを見に来る人は「建築家」のイメージを何かし
ら持っていると思います。HPをOPENして間もないので私が
考える「建築家」のイメージを紹介したいと思います。

世の中いろいろな建物が建ってますが、それぞれに設計し
た人がいて、それを施工する人がいます。中には著名な建
築家が設計しているものもあれば、そうでないものもあり、い
ろいろです。

ところで、家を建てるときには「建築家」と呼ばれる人に頼ん
でみたいのだけど、そんな「高級なこと」しなくても家は建つ
んだからと言うことがあると思います。日本では木造のシス
テムが古来からあり、大工さんをはじめとする職人さんのレ
ベルも比較的高いので、十分立派な家が建ちますし、満足さ
れている方も多いでしょう。

そうでありながら、諸外国から日本人の家は「ウサギ小屋」と
呼ばれているのでしょう。これだけ優れた技術があるのにど
うにも不思議です。よく考えると、これは小さいことだけを揶
揄したのではないように思います。

(つづく)

SEP06
ウサギ小屋と建築家 その2
優れた技術の例として日本の工業製品、特に電化製品があ
ります。日本製は世界一だと思います。安くて、性能が良く
て、長持ちし、カタログには出力何キロワット、何百万画
素・・・という表示が踊り、事実日本製は世界を席巻していま
す。これら「機械」は特有の目的があって、数値化された性
能で十分です。(デザイン等に不満もありますが、また別の
機会に)。ところが「ウサギ小屋」は、数字に表れる技術・性
能(気密性、遮音性、何LDKなど)にすぐれていても、私には
そこで営まれる「生活」を包むものとしての「何かしら」に欠け
ているように思います。

「何かしら」がなんであるか、大変難しく、色々あるのです
が、一つ挙げるとすれば「こんな風に生活したい」気持ちが
大事にされているかと言うことだと思います。生活の様々な
場面で、人がどんな風に行動し、考え、感じるかを想像し、
大切に思うかということです。寸法の小ささから「ウサギ小
屋」が想像されるのでしょうが、それ以上にそこに住まい手
固有の人間らしい生活が見えてこない事も大きな要因だと
思うのです。

そこで私が思う建築家のイメージとは優れた形態を創造す
るだけでなく、そこで営まれる「生活」を提案する事であると
考えています。これは建築家だけにとどまらないと思いま
す。先に挙げた電化製品、例えば洗濯機、掃除機、冷蔵
庫・・・・、これらを世に送ることで、いつでも冷たいものを、新
鮮なものを、清潔な生活を、冷たい洗い物からの解放を
etc、いつでも魅力的な「生活」を提案してきているからこそ、
ここまでの発展があるのだと思います。

建築家は、人がそれぞれに潜在的に持っている「こうありた
い」「こんな風に生活したい(生きていきたい)」という願いを
建て主と共に建物を通して実現する仕事だと思っています。

SEP 16
風景の喪失
NYのWorld Trade Centerでの出来事はその被害の大きさ、
犠牲者の数、どれをとっても衝撃的な事件でした。そして双
子のビルが相次いで崩壊していく様をTVで見て、人的損
失、物質的損失もさることながら、何か淋しいものを感じてし
まったのは私だけでしょうか。

ひとつには報道されたように「(アメリカの)繁栄の象徴」のダ
メージがありますが、見慣れた景色がなくなってしまった事
への寂しさがありました。

人にはそれぞれ思い出の風景、なじみのある風景がありま
す。生まれ育った自然、自宅、街の風景などがその人の記
憶となり、生活の一部となり、その中で過ごすことが、帰属意
識を生み、安心感を生みます。人が生まれ故郷に帰ってほ
っとするのは、懐かしい景色や雰囲気を、見たり感じたりす
ることで自分の過去の記憶を追体験し、自分が自分である
ことを確かめる事ができるからだと思います。

今回World Trade Centerはその世界経済での重要性、形態
的な存在感故にNYダウンタウン(あるいはマンハッタン全
体)の風景の特徴の一つになっていました。毎日眺めていた
風景の中にあったビルが突然の悲劇で消失したことに対す
る私的感傷なのかも知れませんが、今後永遠にそこへ行っ
て自分の記憶を(疑似)追体験することはかないません。実
際先月NYへ出かけそのビル屋上で街を眺めながら、その
街で暮らしたことを思い出していました。今後少なくとも観光
案内に紹介されるような「NYの風景」がなくなってしまったの
は事実です。

建物を作ると言うことは、街の風景を形作ることにほかなり
ません。今回の件では、建物(=風景)が人々の記憶の一
部となるという事実について、またそれが故なく破壊される
事による衝撃の強さ改めて深く考えさせる出来事でもありま
す。このような事件でなくとも、再開発のように猥雑な街並み
がすっきりとしたものに変化していくことを否定するものでは
ありませんが(WTCの建設当時も外観に対する議論がかな
り起こったと聞いています)、効率優先の街並みが人々の心
の中の風景にどのような影響を与えていくのかも考えていか
なければならないことのように思えました。

OCT.7
物語性
最近、「お金持ちになるには?」という話を冗談半分で仕事仲間でしたこと
があります。私の仕事である建築の設計というのは、オーダーメイドの服を
作るようなもので、クライアントの目的、立地の諸条件などによってすべて
条件が違い、大量生産・大量消費と対極にあります。従って悪くすると現
代の経済システムから取り残された産業であるとも言えます。

そこで、効率よく(そんなに働かなくても)儲かる商売は?という他愛もない
夢物語になったのですが、結局次の3つの方法が挙がりました。


1.小説を書いて大ベストセラー
2.作詞、作曲をして大ヒット
3.キャラクター商品をデザインをして関連グッズがロングセラー

私の仕事仲間の間ではあまり現実味のない方法ではありますが(密かに
隠れた才能を持っている人がいるかも知れませんが)、そんなところに落ち
着き、「お金持ち3タイプ」と名付けました。

さて、その3タイプにはいくつかの共通点があります。まず第一がお金を出
す側がそれほどの額を出さなくても良いということ、第二が商品(小説、
曲、など)それ自身がお金を生むということ、第三が「物語」それぞれの「ヒ
ット」の裏側にあるということなどです。子供たちの人気のキャラクター商品
が高額であるわけものなく、またヒット曲のCDもしかり。また商品それ自
身が稼いでくることが機械化された工場のような役目を果たします。そし
て、もっとも大事なことですが、これらには独自の物語、世界があるというこ
とです。小説、楽曲などは当然ですが、キャラクター商品においては、ただ
可愛らしい、目を引くだけでは一時的なブームになるだけで、長く受け入れ
られるものには必ず独自の物語が、その背後にあるように思います。例え
ば、アニメのキャラクターなどがよい例です。そしてそれらが人々に受け入
れられるのは安いとか簡単に手にはいると言うことだけでなく、その「物
語」を手に入れるためだと思われます。

ところで、残念ながら建築の設計では、高額でもあり、大量生産もできま
せん。しかし、「物語」は上のいずれにも増して実現性が高いようです。昔
から名建築と呼ばれるものは、かつてそこで小説のような物語が繰り広げ
られた場所であり、またこれからそのような情景が起こりうるであろう事を
人に予感させるものであると思います。

建物を作るということは、小説のようにある敷地に過去繰り広げられてきた
「物語」を読み、そこに新たな続きを付け加えるようなにも思います。決して
大量生産も、子供のお小遣いで買えるようなものでもありませんが、小説
や楽曲すらも実現出来ない独自の(オーダーメイドの)、物語が実現する事
が出来るとは言えるでしょう。また、その物語こそ効率至上のシステムの
中で建築を生かす道だと思います。■

OCT.24
アパート?マンション?
最近はマンションブームで、その恩恵にあずかる身でもあるのですが、ア
パートとはどう違うのでしょう。法的な区分ではどちらも「共同住宅」になり
ますし、分譲マンションとも賃貸マンションもあり、木造でも○○マンション
というところもありました(実際昔私が住んでいた!)。あまり考えることも
なく、雑誌や広告に載ってる呼び方に従っているのが普通でしょう。


ところで、今海の向こうでは「戦争」起きています。法的な定義はともかく、
NYで起きたような事件を「戦争」と呼び、国家による報復が正当なものとさ
れています。しかし、それらを当初報道されていたようなテロリストによる
「犯罪」と呼ぶとき、他国の領土を連日爆撃し、無防備な人々が逃げまどう
様をTVで見るにつけ、ことば一つで多くの人々の運命が左右されるものだ
と思いました。そして、その名前と実体をよく確かめもせず追随していく姿
に何か不安を感じてしまいます。


私たちの生活の中では「マンション」と「アパート」というような他愛もない呼
び方によって固定されたイメージが形作られ、考えることをやめてしまうと
いうことがしばしば起こっています。

最近のメディアの報道を見ながら、たまには言葉の意味を考え直してみる
ことも大事なことだと思いました。■
NOV19
木の家、石の家
日本の建物は、古くから木を多く使ってきました。一方西洋では石や煉瓦
の建物が多く見られます。また、ご存じの通り木の建物は建て替えが必
要ですが、石の建物は丈夫で、ヨーロッパの教会やお城のように堅固なも
のの象徴です。

ところで木造建築では伊勢神宮に代表されるように20年ごとに再建し
(式年遷宮:しきねんせんぐう)続けることで当時の姿を今に伝える仕組み
が存在します。このシステムによって、その技術や考え方も保存されてい
きますが、石造建築では、このような仕組みを持っているところは見られ
ません。なにしろ建物が強固ですから、それ自身が安定して、技術なり、
思想を表現する事が出来るからでしょう。

さて、TVのニュースなどで、空爆によって都市が破壊されている様子を見
て、まことに「西洋的」な方法だと思いました。建物などを物理的に破壊し
てしまえば、それですべてが消えてしまうと言うような考え方です。伊勢
神宮のように、宗教的な背景や人々の「強い思い」は自然の猛威にも屈
することなく何らかの方法で、その形、思想を残そうします。そこがものを
作る人々のすばらしさでもあるのですが、TVのニュースで流れる爆撃機
の様子を見るにつけ、あの爆弾は何を破壊しているのだろうか?と思って
しまいます。それは彼らの「思想」(それがよいか悪いかの判断は出来ま
せん)がそれで破壊されてしまうことを意味しないと思うからです。

形を作ることを仕事としながら、海の向こうで破壊を続ける姿を見て、いろ
いろなことを考えました。

DEC09
住むための機械〜Machine for Living
20世紀においてもっとも影響を与えた建築家の一人にフランスの建築家
ル・コルビジェがいます。タイトルにある「住むための機械」とは彼の言葉
です(建築は住むための機械である)。その反面彼の作品は「機械」という
イメージにはほど遠く、彫刻的ですらありました。20世紀初頭の大量生産
時代を迎え、機械の「合目的性」(目的にあった作りになっていること)に
注目した彼には、車は鉄のかたまりを「走る」という目的のために組み上
げたものであり、コンクリートという素材を美しくその目的のために活用し
た最初の巨匠の一人ではありました。後にこのスローガンは効率主義
的、非人間的建築物の象徴のように批判されることとなります。

さて、現代の建物は、それぞれ果たす役割・目的は色々ですが、経済効
率がもっとも優先される場合が大半です。オフィスであればオフィス空間
の面積を最大にするよう設計しますし、マンションであれ同じようなもので
す。極端に言えば、快適性やデザインなどは二の次でMachine for
Money(お金を稼ぐための装置)とも言えます。工場などはそれで十分な
場合もありますが、これで需要に応えられるから市場として成り立つわけ
です。

さて、私たちの住まいについてはどうでしょう。それは機械でも、お金のた
めでもないはずです。確かに、「我が家」を持つとことはすばらしいことで
す。しかし一生に一度の買い物ですから、例えば洋服を買うように「品質」
や「好み」に「目的」にかなわなければ少し待つということも、可能ならばす
ばらしい選択だと思います。建設不動産不況の時代に業界の人に怒られ
そうですが・・・・・

2003

SEP24
芦原先生
建築家 芦原義信先生が亡くなられました。

Profileにもあるとおり、大学を卒業してすぐ芦原建築設計研究所に入社し
しましたので、私がもっとも尊敬し、影響を受けた建築家と言えます。この
場では語り尽くせないほど、公私に亘りお世話になりました。

謹んでご冥福をお祈りいたします

SEP20
建築と地域計画
 築とはたぶんに社会的な行為と言えます。
 木造2階建ての一般的な住宅を造るにしても、建築中は音もでますし、
都市部ではお隣の朝日を遮ることもあるでしょうし、悪くすれば北側のお
庭の日当たりが多少悪くなるかもしれません。また、家が集まれば町並
みができ、それが地域を作ります。大きな建物になればなおのことです。
最近では近隣との摩擦も起きたりして、よく報道で取り上げられたりもしま
す。

 確かに、閑静な住宅街に大規模マンションが突然現れたように見えるこ
ともしばしばですが、それらのほとんどは違法な行為でもなく、また行政
庁が定める地域計画にも沿った計画であるわけです。ところが、そのよう
な取り決めは、最低限度の約束事である場合が多く、周りから建築する
側のモラルと言う点を問われることも多いようです。

 ルールに沿って事を進めていれば、ルールを決めた側(たいていは行政
でしょうが)も介入することはまれです。確かに周りの方々の意見はもっと
もでもあり、建て主側の意図もルールに沿ったものである限り尊重しなけ
ればなりません。しかし、結局のところ、手続きを踏んでいる限り、実際の
計画が大幅に変わった例や、取り壊した例はあまり聞きません。

 このような例は、建築に対する摩擦は周辺の人や、地域住民の仲間入
りをする建て主、入居者にとっても愉快なものではありません。では、どう
すれば?それは、至極単純に、行政に関心を持つことが重要だと思いま
す。

 どんな建築物でも、ルールに沿って建てられなければなりません。そし
て、地域のルールは行政によって決められることが大半です。従って、地
域の人々が決定者である行政に関心を持つことが、上で述べたような「そ
のときになって不愉快な思い」をする事を防ぐのだと思います。たいてい、
何々地域とか、容積率(*)などは決定する前に事前に公開され地域の意
見を聞く制度があります。地域に住む人々がどのような街を望むのか、
常々関心を持っていけば、状況は改善される可能性があります。いつま
でも今のままの街が何の努力もせずに永続するとはないと言うことかもし
れません。




(*)容積率:敷地面積に対してどれだけの面積の建物が建つかという割
合。細かく場所ごとに決められている。

本文と矛盾するのですが、市民に計画の概要が知らされるときはたいて
いおおよそ詳細まで決定している(行政庁が腹を決めている)場合が多
く、個々の申し出が通ることは多くないらしい。現在のところこれらを解決
する様々な街づくりの方策が検討されているのが実状。

SEP06
ご挨拶
ずいぶんと長い間更新をしませんでしたが、いくつかの作品の竣工、また
はプロジェクトの中断などありました。少しずつ更新をしていきます。これ
からもよろしくお願いいたします。


OCT05
文化財の保護
 先日古い民家を改造したレストランで食事をすることがありました。大正
時代に建てられた大きな家でしたが、昔の偉い政治家の邸宅であったら
しく、なかなかの雰囲気で、文化財としての認定もなされているとか。そ
れは木造の家でしたが、以前にヨーロッパを旅行したときに、昔からある
石造りの建物を改造して、商店やレストランにしている姿に何か文化の香
り感じて、うらやましく思ったことが記憶によみがえりました。

 文化財などに指定されている建物は、歴史的価値などから、それらは自
治体などが管理している場合も多いようで、たいていは当時のまま博物
館、歴史資料館などになっているものもみかけます。しかし、現状はせっ
かくの文化財が私たちの生活から離れた、博物館の陳列物の一つになっ
ているように思えてなりません。すなわち人の生活を包み込む建築が死
んでしまっているのです。

一方。先のヨーロッパのレストランなどでは、建築文化財が人々の生活の
中にとけ込んで、さらに新しい「文化」を形作っているように思います。木
造。・石造など耐久性の違いなどもあるでしょうが、もっと文化財を現代の
我々の生活中で生かしていく方法がないものでしょうか?

 そこで、冒頭のレストランのように商業活動の手段として積極的に文化
財を活用していって、維持管理はその利潤によってまかなわれていくこと
をもっと積極的に進めても良いのではないかと思います。もちろん、「文化
財」としての価値、歴史資料としての価値が大きく損なわれるものは良く
ないでしょうが、今の文化財建築においては、その歴史的文化的価値
が、学術的な「標本」になっていて、今の私たちの文化と断絶しているも
のがあまりに多いように思います。そうすることで、文化財が「過去のも
の」ではなくなり、今の私たちのものになっていくのではないかと期待しま
す。

 実際PFI(Private Financial Initiative:民間資本による公共財の活用)と
言う形で、文化財が活用されている例も出現しつつあるのは事実です。ま
た、文化財と間では行かなくても昔から続く民家を使ったお店やレストラン
などはいくらでもあるわけですから、少し発想を変えれば良いだけだと思う
のですがいかがでしょうか?

NOV06
投票に行こう
 もうすぐ選挙です。投票に行きましょう。
前に、近所に大きなマンションができて住民運動が起きる
話を書きました。そうした摩擦が起きる前に、日頃から街づ
くりについて関心を持って生活していれば、よりよい環境が
形作られるのだと考えています。

 選挙とて同じこと、もっと様々な形で生活に影響を及ぼす
ものではないでしょうか?たかが一人の一票と考えている内
に、いつの間にか隣に大きなビルが建てられて大騒ぎする
ようなことにならないようにしたいものです。

 街は、そこに住む人たちの営みが反映してできてきたもの
です。無関心であれば、それなりのバラバラのまちが、きち
んと関心を持って見守れば、パリや京都などをはじめとする
美しい街並みが作られていくものです。

選挙だって同じことだと思うのです。■

2005

JUL07
感受性
 リンク先にも入れていますがシックハウスの問題を議論す
るブログに参加しています。この中で一律に規制されている
有害物質の濃度について、現在の基準値でもシックハウス
の書状がでる確率がかなりあるとの記事が紹介されていま
した。

よく考えてみれば当然の話で、体の大きさや、年齢等々い
ろいろな条件屋それぞれの人の感受性の差がある中で、
最大公約数的な対応をせざるを得ないところが大変な部分
があるのだと思います。

 同じ様なことが、私たち設計の分野でも生じることがありま
す。最近街並みの整備などへの関心が高まりつつあります
が、これも住む人の感じ方の差をどうするかと言うことがむ
ずかしく、統括する自治体などの規制の仕方も「屋根は勾
配屋根とすること」「色は次のような色を標準とする」などな
ど、それで良いの?と首を傾げたくなる様な文言を見かける
ことがあります。

 勾配屋根(傾斜のついた屋根)にすれば、「潤いのある街
並み」になると言わんばかりの表現だったりして、結構窓口
だ対応する人も大変そうです。

 シックハウス対策もそうですが、なぜ規制しなければなら
ないのか、何か決めていかないとだめなのか、一歩手前の
議論から始めていかないと、なかなか前進していかないの
でないでしょうか?

 そこが一番手間のかかる難しいことなのですが。

JUL05
ご無沙汰です
 大変ご無沙汰しています。
1年と8ヶ月ぶりの更新です。その間にいくつかのプロジェク
トが完成し、プロジェクトとして発表していないものも完成しま
した。又、おつきあいのあるリンク先も変わったり、増えたり
していますので、又少しずつリニューアルしていきます。さら
には、この5月に事務所の所在地も変わっています。この
HPを見て連絡をいただいたみなさまには大変お手数をおか
けしました。改めてお詫び申し上げます。

 世間のHPでは、ソフト、ハードウエア、通信環境の変化に
よって、目を引く仕掛けのHPが増えてきました。それはそれ
で美しく印象的なのですが(このHPでもそうしていきたいと思
ってはいますが)、昨今のブログの隆盛を見ると、なんと言
っても情報の更新(情報の鮮度)が大事なのだと思います。

二年近くもほったらかしのHPの管理人の言葉としては大変
恐縮なのですが、これから少し頻繁に更新していきたいと思
います。■

2006

NOV17
品があるということ
最近、建物とその外部空間に関する話を、エクステリアのデザイナーと話
す機会がありました。趣旨としては、ずっと長く暮らせる家、街を作ろう、そ
れにはどうしたらよいか・・・と言うことなのですが、その中で「品のあるた
たずまい」などと言うことに話が及びました。

ここのところ「品がある」とか、「品格」とか言う言葉が世間で言われるよう
になっている雰囲気がありますが、街や建物に品があるとはどういうことを
言うのでしょうか?

「品のない」人間が、こうしたことを論ずるのは・・・と言うところを「敢えて」
言えば「奥ゆかしさ」なのではないかと思います。

では、「奥ゆかしさ」とは?と、曖昧な言葉や概念が延々と続いていきそう
ですが、ひとつのキーワードとして「敢えて」という「枕詞」があるように思
います。

茶道のことはよくはわかりませんが、いろいろな「ルール」があって、お茶
を注いだらそのまま飲んでしまえば良さそうなものを、いろいろな「作法」を
重んじ、「敢えて」そのまま手にとって飲むようなことをしないものだと思い
ます。だから、その所作が奥ゆかしさや品格などと言うものを醸し出してい
ると言っても良いのではないでしょうか?

建物や、庭、街づくりなどにも、ある種の「作法」「ルール」などがあって、
「敢えて」という気持ちを大切にすることが、長く続く茶道のように、長い年
月親しまれていく空間になっていくのではないかと思うようになりました。


NOV05
更新中
久々の更新です。
この間に建築の業界では、大変な出来事が起き、いろいろと考えさせら
れる月日でした。

更新が止まった言い訳を少しすると、クライアントの満足、仕事の品質と、
私たちの仕事をサイトに掲載することは、あまり関係のないことのように思
えて、設計に力を注いでいた一年あまりでした。

しかし、建築に携わる仕事とは、先の耐震偽装でより明らかになったとお
り、社会に大変な影響を与える仕事であり、他の仕事と同様に、またそれ
以上に「社会貢献」が究極の目標であると思っています。

そこで、本当によい作品、仕事であると思うならば、できるだけ多くの人に
知らせ、広めることで微力ながらでも社会に貢献していくことも、仕事の一
部ではないかと思うようになりました。

おかげさまで、この一年にいろいろな作品が完成しましたので、少しず
つ、本当に少しずつですが掲載していきたいと思います。そして少しでも、
共感してくださる方のために、少しでもより良い暮らしを作る一助となれば
と思います。

2007

SEP14
きちんとやる
随分と更新を怠っておきながら、こうしたタイトルも大胆だと自分で思うの
ですが、きちんとやることの大切さを痛感しているこのごろです。

6月に改正建築基準法が施行され、建物を建てる前の役所での書類審
査が厳しくなりました。耐震偽装事件などを受けての事態ではあります
が、法律の内容、運用方法については、実務の現場からは色々意見もあ
る様子。このような状況というのも、これまでが望ましい状態での申請、審
査ではなかったと言うことでしょう。やはりきちんと筋の通った理屈で設計
をし、きちんとそれを相手(=審査する人、つくる人、住む人etc)に伝える
図面を描く。それが我々設計者の大事な仕事の一部のはず。今回の法
改正には色々な意見があるけれど、これを機会に再度私たちの仕事を見
直してみる良いチャンスであると思うようにしています。

2009

DEC.15 2009
更新中
ただいま更新中です■

2010

JAN.26 2010
役に立つこと
昨今の経済情勢の中、わたしの事務所も当然例外ではありません。その
ような中、一所懸命良い建築をデザインするのが本業であるわけですが、
良いものができあがったら、人の役に立つものがあったら、それを世の中
の人に知ってもらう必要があると思っています。このことは以前にもここで
書いたことですが、そんな気持ちで今年はこのページをつくっていきたいと
思います。

MAR.24 2010
集まって住むこと
時折次のようなことを言うことがあります「本当は一戸建てがよいけれど、
マンション暮らしになってしまった。」「できれば注文建築が良かったけれ
ど、建て売りを買うことになった」

なんだか、注文建築の一戸建てが最上の住まい方で、それ以外は「やむ
なく」という印象を受けます。しかし本当にそうでしょうか?

世の中の建築家と言われる人は、あまり建て売り住宅の仕事をしていな
い様子ですが、私は積極的に取り組み、デザインすることにしています。
それは一戸建てでは得られないメリットがあると思うからです。昨年のGマ
ーク対象作品のように集まって住むからこそ、その建物群による良質な外
部空間が生まれ、内部空間(建築そのもの)の質を向上させることにもつ
ながります。これはどんな有能な建築家あっても一戸建てでは達成でき
ないデザインと言っても良いでしょう。

これまで様々な人が考えてきた「住む」と言うことの中で、そこでしか達成
できない価値を見つけていくのも私たち建築家の仕事だと思います。■

OCT.05 2010
「なぜ」と思うこと
今年は東京在住の外国人のお客様の家を設計する機会がありました。長
年日本にお住まいで日本語も上手で、日本の風習などにも理解が深く、
楽しく仕事をさせていただき、現在工事中です。土地の購入から、設計を
まとめていく中で、建築・不動産分野での商慣習やものの作り方など、い
ろいろな質問がありました。私たちが当たり前と思っていることや快適だと
感じていることが、実はそうでもなかったりして、いろいろ学ぶ点も多くあり
ました。

実際にお会いすると、外国人にとお話ししていることを忘れてしまいそうな
ぐらいですが、いろいろな文化的な違いに接することができて、自分のデ
ザインを見直す、また納得する良い機会に恵まれたと思います。

いろいろな考えのお客様と接することは、自分の考え方、思想を深めてい
くことができる良いチャンス、幸せな機会でもあることを再認識しました。


OCT.12 2010
変わるものと変わらないもの
大規模な建築計画の打ち合わせに参加する機会がありました。日頃戸建
て住宅や小規模ビルなどの計画に携わっているので、修業時代が懐かし
くもあり、新鮮でもありました。

そこで話題になったのが、計画規模の算定や今後のライフスパン(建築が
使われるであろう年数)の中での、想定の難しさです。

基本計画の中で規模算定はなどは基本中の基本の大前提ですが、計画
によっては計画をしながら機能・規模をフィードバックする必要がありま
す。また、大規模な計画では一度造った建物をそう簡単にリフォームする
ことはできませんので機能・規模算定は大変悩ましい作業になります。

そこでふと思い出したのが宮崎のシーガイアでの仕事です。私は、全体
計画の段階から参加させていただきいろいろな経験をさせていただきまし
た。ご存じの通り、シーガイアはホテルやプール、会議場、ショッピングモ
ールなど様々な機能が何十万?と集積した大規模な建物です。そこでは、
システムモールと呼ばれる基幹部分(電気、ガス、水道、下水などのイン
フラ)にそれぞれの建物機能が取り付いていて、時代の変化により新たに
加わったり、はずれたりすることが想定されていました。実際、オーシャン
ドームと呼ばれるプールは経営を圧迫するという理由で閉鎖され、ホテル
自体も経営母体が変わるなど変遷がありましたが、今も立派に営業して
いて、単年度黒字化も達成した様子です。

もちろん経営努力の成果が一番でしょうが、実は建築計画の柔軟性がそ
れを助けたのかもしれないと心密かに思っています。

さて、ふと振り返ると家づくりをする際にも、あれこれ夢を形にして行くわけ
ですが、ずっと変わらない部分、時間の経過、家族構成の変化によって変
わる部分、それぞれ良く見極めて考えていくことが、長く愛される建物を造
る秘訣なのではないでしょうか?

.NOV.07 2011
*表現すること*
今日事務所に来られた方に、あるお客さんのためにデザイン提案をしてく
れないか?と言われました。そのきっかけがホームページの住宅を見て
「ふと思いついた」と言われたので、慌てて見直してみたら、なんと一年以
上もほったらかしで下ので、急いで更新しています。


どんなに良いものを作っても、世に知られることがなければなかったことに
なってしまう、それを他の人がつくればその人のものになってしまうと言う
ことがあります。その気持ちを功名心と言うこともできますが、良いものは
できるだけ広めるべきでしょう。また、自分の中で思いついたことも何らか
のカタチで残しておかないと、いつの間にか忘れてしまい、結局なんだっ
たのかわからなくなってしまい、なかったことになることが多いようです。

いろいろなお客さんから依頼されるデザインも、カタチになるものならない
もの(仕事になるものならないもの)色々です。しかし、そこで一度表現し
たもの、考えをカタチにしたものは私たちの財産となって、いつの日か世に
出ることになるのだと思ってデザインしていこうと思います。■

.NOV.08 2011
*街を装う*
今日、設計した建物の現場の検査(鉄筋の検査)に出向き
ました。場所は麻布十番の中心街でにぎやかなところです。
来月にはクリスマスと言うことでしょうか、ちょっとした公園の
木々にイルミネーションを取り付けていました。

最近は東京でも欧米のようにクリスマスイルミネーションを建
物や木々に取り付けるところが増えています。節電のおり
色々意見はあるでしょうが、私たちが住む町を装うという意
味では大変良いことだと思います。

毎日何を着ていくか「装い」を考えるのと同じように、私たち
の街もどんな風に見えてくるのか?どんな雰囲気にしていこ
うか?考えることは、住みやすい街をつくる一歩であり、より
よい建物をつくる手始めだと思います。■